中心市街地の活性化に向けた新たな挑戦
まちなかに開いた憩いの空間
JR宮崎駅から徒歩約7分の中心市街地にある複合商業施設「HAROW(ハロウ)」。県道の高千穂通りに面する「HAROW高千穂通」と、市道の広島通りに面する「HAROW広島通」の2棟からなる。HAROW高千穂通の前には、幅広い歩道に張り出したデッキが設けられ、その上のテーブルや椅子で休憩する市民たちの姿が見られる。HAROW広島通には地元で親しまれる飲食店や物販店舗などが並び、平日はオフィスワーカー、休日は子連れの家族など、さまざまな人が訪れている。
周辺には高い建物が少なく、南国の宮崎らしい暖かな日差しが降り注ぐ。まちなかでありながら、どこか肩の力が抜けるような、開放的な空気が漂うエリアだ。
しかし、このような場所になるまでには、中心市街地が長年抱えてきた課題に対する試行錯誤の積み重ねがあった。
大型ショッピングモールの開業がもたらした危機
宮崎市の中心市街地には、県庁や市役所などの行政機関、大企業の支店、大型店舗が集まり、都市機能がコンパクトに集約されている。宮崎空港と直結する宮崎駅を擁し、高速バスの発着所や主要なバス路線の多くが通過するなど、公共交通の要衝でもある。
一方で、人口減少や高齢化といった構造的な要因を背景に、中心部では空洞化が徐々に進んでいった。さらに、九州最大級の規模を誇る大型ショッピングモールが2005年5月に宮崎市郊外で開業し、中心市街地の購買力は急速に移っていった。
市や地元商店街としてもさまざまな取り組みで状況を打破しようとしたものの、2004年に約553億円あった中心市街地の売上は、2014年には約292億円にまで落ち込み、一方で大型ショッピングモールの売上は250億円を超えた。
人通りが少ない2つの通り
中心市街地の中でも空洞化が著しかったエリアの1つが、宮崎駅と橘通り・ニシタチを結ぶ駅連携エリアだ。もともと中心市街地は、JR宮崎駅から徒歩15分ほど西に離れた繁華街「ニシタチ(西橘通り)」が賑わいの中心で、宮崎駅から「ニシタチ」までの空間は盛り上がりに欠けていた。
その宮崎駅と「ニシタチ」を結ぶ通りの1つが高千穂通りだ。4車線の幅広い県道で交通量も多く、沿道には中央郵便局や大企業のオフィスビルが立ち並ぶ。しかし、オフィスワーカーや近隣の学校に通う学生以外はほとんど歩いておらず、特に週末は閑散としていた。
(宮崎市「宮崎市まちなか将来ビジョン」より)
周辺の商店会の会長を務め、広島通りにレストラン「パリの朝市」を構える田中鏡一さんは、こう振り返る。
「私が1980年代の中ごろに店をオープンしたとき、同業者からは『なぜそんなところを選んだのか』と訝しがられましたね。当時の裏通りは、ニシタチに行くための単なる通り道でしたし、何より雰囲気が暗かったですから。夜になると不審な声かけのような光景も見られて、多くの人から敬遠されていました」
「歩いて楽しめる」まちづくりで駅前の賑わいをまちなかへ波及させたい
「今変わらなければ、もう後がない」。宮崎市の都市整備部まちづくり課に赴任し、中心市街地のまちづくりに携わってきた日高和哉さんは、そう感じていた。
先の田中さんの言葉にもあるように、後にHAROWが開発される宮崎駅とニシタチを結ぶこの一帯は、長らく「通り過ぎる場所」にとどまっており、民間企業にとっても積極的な投資対象としては見なされにくい場所だった。だからこそ宮崎市は、駅前の賑わいを一過性のものにせず、まちなか全体へと広げるための仕掛けづくりを急いだ。
当時、国土交通省も全国的な人口減少や商店街の衰退、中心市街地の空洞化への対応策を模索する中で、「"居心地が良く歩きたくなる"まちなか」というコンセプトのもと、全国の自治体を対象に「ウォーカブル推進都市」を募集していた。宮崎市は早期に手を挙げ、2019年に登録した。2020年に宮崎駅西口にオープンする商業施設「アミュプラザみやざき」に合わせ、高千穂通りと商店街の通り(橘通り・若草通り・広島通り・あみーろーど)をめぐる新たなモビリティとして、グリーンスローモビリティ(環境に配慮しつつ、ゆっくりと景色を楽しめる低速の電気自動車)である「ぐるっぴー」の運行が決まった。
コロナ禍で直面した挫折と次の一手
逆境の中で見えた明るい兆し
こうして2020年11月20日、「アミュプラザみやざき」と「ぐるっぴー」が同時にスタートした。
当時はコロナ禍で宮崎市も感染拡大の影響を受け、まちなかの人の流れは途絶え、ぐるっぴーの運行が危ぶまれるほどの状況に陥った。「これでもう大丈夫だと安心していただけに、落胆も大きかった」と日高さんは振り返る。
ただし、別の前向きな兆しも現れていた。アミュプラザみやざきと同時期にニシタチに大型ディスカウントストアがオープンし、駅前からニシタチへの人の流れが、若年層を中心に顕在化しつつあったのだ。点の賑わいが線になり、やがて面に発展する可能性が見えてきていた。
コロナ禍で三密の回避が求められ、屋外空間活用の需要が急増する中、市は歩道幅が広い高千穂通りに注目し、2021年度から2022年度にかけて、国や県などと連携し高千穂通りで道路空間利活用に向けた社会実験を実施することになった。
賑わい創出へ試行錯誤した社会実験「街中ピクニート」
実験内容は、高千穂通りの歩道部における賑わいの創出だった。どのように人が滞留する空間を作るか、そしてそれが荷さばきや駐輪、自転車通行にどのような影響を与えうるかを検証するのだ。
市はこの取り組みのディレクションを、ぐるっぴーの車体デザインを担当した合同会社カネック代表の後藤修さんに任せた。後藤さんは、宮崎市の観光地である青島に大きな変化をもたらした"場"づくりのプロフェッショナルでもある。
そして2021年11月から2022年11月にかけて、「街中ピクニート」と題したイベントを計8回実施することになった。後藤さんは露店だけでなく、「自主制作映画を放映したい」「キッチンカーを置きたい」「音楽ライブを開催したい」といった話題性のあるアイデアを次々と提案した。
その結果、街中ピクニートの期間中は歩行者数が全体的に増加し、通常時の3〜4倍となるタイミングもあった。占用者や来街者へのアンケート調査でも、満足度は4.4〜4.8(5段階評価)と、当初の目標4.0を大きく上回る成果を得た(※)。
熱意と実績が決め手に。NTT広島ビルの再開発
こうした宮崎市の取り組みはコロナ禍という逆風の中でも、社会実験を通じて「人が歩き、滞留し、まちなかに賑わいが生まれる可能性」を具体的に示した。その積み重ねが、やがて民間企業の心を動かすことになる。
同時期である2019年にNTTアーバンソリューションズが発足し、全国各地にあるNTTグループの資産を活用しながら、個性豊かなまちづくりを推進することとなった。NTT都市開発はグループ会社として、その実現を担っていたが、九州支店でも活用候補地がいくつかあったという。
大都市圏に比べて変化がゆるやかな地方都市では、地元の雰囲気に馴染む開発がより重要になる。そこで、各候補地で自治体や地元の企業、施設にヒアリングを重ね、どのようなまちづくりをめざしているのかを担当者は探っていった。そんな中、宮崎市からNTT西日本 宮崎支店敷地(NTT広島ビル)付近で開催されていた街中ピクニートに招待されたことが、大きな転機となった。「『これからまちなかは変わる。それを見にきてほしい』と熱く語る姿に心が動いた」と竹下さんは振り返る。
そして迎えたイベント当日。高千穂通りには、これまで見られなかった層も含め、さまざまな人たちの姿があった。ベンチに腰掛け、会話を楽しむ人たち。子どもを連れ、のんびりと歩く家族。その光景は、竹下さんをはじめとする担当者たちにも強い印象を残した。
「それまでの高千穂通りは、人がほとんどいない寂しい通りのイメージがありました。でもイベント当日は、それが嘘のように、たくさんの人が楽しそうに歩いていたんです。仕掛けがあればちゃんと変わるのだと実感しました」(竹下さん)
さらにNTT都市開発の決断を後押ししたのは、それまでの市の取り組み実績だ。グリーンスローモビリティ運行や歩道でのイベント開催の社会実験など各方面の関係者を巻き込みながらも自ら主導し遂行する市の実行力に強く共感したのだ。
そして、2022年3月、NTT広島ビルの再開発を決定し、同年12月には、宮崎市とNTT西日本 宮崎支店、NTTアーバンソリューションズの間で「次世代型まちづくりの推進に関する連携協定」を締結。NTT都市開発と共にNTT広島ビルの再開発を行い、宮崎市のまちづくりへの貢献をめざすことになった。
「ウォーカブルで賑やかなまちなか」へ
再開発にあたり、NTT都市開発はコンセプト設計を重視した。宮崎市は大都市圏ではなく、NTT広島ビルも大規模とは言い難い。だからこそ変化を感じてもらうには、『ここにしかない』価値を積極的に打ち出す必要があったのだ。そこで着目したのが、宮崎市のめざす「ウォーカブルで賑やかなまちなか」というビジョンだった。
「車社会では出発地と目的地の行き来のみとなり、回遊性が生まれにくいことが課題でした。自分の足で歩いたり、バスで目的地以外にも止まったりすることで、まちとの接点が増え、思ってもいなかったお気に入りに出会い、賑わいや消費につながる。そんなまちなかを実現したいと考えました」(竹下さん)
こうして生まれたコンセプトが、「宮崎のまちなかを歩いて楽しみたくなる、賑わいの発信地」だ。「歩いて楽しむ」には、1つの施設だけで完結するのではなく、周辺も含めた複数の拠点が相互に作用し合うことが欠かせない。そこで、NTT広島ビルの変化をゆくゆくはまちなか全体へ波及させたいという思いを、「発信地」という言葉に込めた。
また、NTT広島ビルは4棟から成るが、開発対象である高千穂通りに面する旧北棟と、広島通りに面する旧南棟にそれぞれ別の開発コンセプトを設定した。
市民が自由に使える"まち"に開かれた空間へ
HAROW高千穂通(旧北棟)の開発コンセプトは「日常を彩るライフデザインプレイス」だ。
「高千穂通りにはオフィスビルに加え、山形屋など老舗の商業施設も立地していて、中高年層の往来もあります。そこで2、3階はオフィスフロアとしつつ、1階は商業空間へ転換することに。NTT広島ビル旧北棟の重厚感を生かし、落ち着いた空間で一息つける、『大人の日常を豊かにする空間』をつくりたいと考えました」(江下さん)
同時に、元は電話局として堅牢で閉ざされていた建物を"まち"に開かれたオープンな空間にするため、設計にも工夫を施した。たとえば建物1階の外壁の約65%を取り払い、もともと屋内だった場所を誰もが自由に歩ける通路にする。さらに通路の一部はテーブルや椅子を置いて、歩行者を建物に引き込む空間にしたいと考えた。
市もこの案を歓迎し、後押ししたという。
「社会実験を通して、立ち寄りたくなるような場所やイベントがあれば人通りも変わるという確信を得られました。この賑わいを毎日生み出すには、1階にレストランやカフェが入り、通りへの賑わいの滲みだしがあるほうが絶対に良いと思っていました」(日高さん)
「個店の力」を結集するボトムアップの考え方を重視
一方、周囲に小規模の商店が軒を連ね、若者世代を含めた幅広い年齢層の往来が期待できる広島通り側は、オフィスビルから商業施設へと大胆に転換することにした。NTT都市開発が掲げたコンセプトは「個性あふれるローカルマーケット」だ。中心市街地には、ショッピングモールとは異なる面白さがある。その価値を伝える施設にするため、さまざまな場所で見かけるナショナルブランドではなく、地元に根差したテナントを集める方針を取った。
特に重視したのが「食」のテナントだ。野菜などの農産物に加え、畜産物や水産物の質が高く、住民も食にお金をかける土地柄である点に着目した。NTT都市開発の江下さんは、「地元の飲食店に地元の住民が足を運ぶ流れをつくることで、継続的な賑わいの創出をめざした」と語る。
このコンセプトは、街中ピクニートに引き続き再開発のディレクションも担うことになった後藤さんの思想とも重なっていた。後藤さんはまちづくりというトップダウンではなく、「個店の力の結集」というボトムアップの捉え方を重視していたのだ。
「2000年代の初めに、千葉から宮崎に移住してきたとき、首都圏と地方には大きな違いがあることに気づきました。首都圏では、大きな力を持った一社のもとに各ステークホルダーが統率され、細かい分業体制でプロジェクトが進んでいきますが、地方ではそれだけの大きなエネルギーが存在しない。『こうしよう』と1つの力に無理に収束させようとすると、かえって同意が得られず、うまく進まないのです」(後藤さん)
実際、首都圏の手法をそのまま宮崎に移植しようとしては地元の共感を得られず、立ち消えていくプロジェクトは少なくなかった。そこでNTT都市開発は、大きな枠組みに個店を縛るのではなく、個店が集まった結果として自然な一体感が生まれる状態をめざした。
その考え方はHAROW広島通の設計にもつながっている。南棟建物をすべて撤去し、建築用コンテナ34個を集積させた商業施設を計画することとなった。コンテナは縦・横・斜めに組み合わされ、イベント広場やデッキスペース、共用テラスなども設置。内部がゆるやかにつながりつつ、"まち"からも入りやすい開放的な空間がイメージされた。
HAROW広島通(南棟)
再開発への地元の期待と後押し
NTT広島ビル一部再開発決定の知らせを聞き、南棟のちょうど前に店を構えていた田中さんは、反対するどころかむしろ喜んだ。かつての南棟は幅が70メートルあり、重厚でしかも一面が灰色のコンクリート。通りに明るい雰囲気をもたらしているとは言いがたかったからだ。
「以前は、店から窓を覗いても閉塞感があり、正直なところ息が詰まりました。NTT西日本の方が建物の前に花を植えるなどして、なんとか華やかさを出そうとしてくれてはいたのですが、やはり雰囲気は変わらなかったですね。私が会長を務める広島繁栄会(広島通りの商店会)でも、『何か町のためになることに使えないだろうか』と期待する声が年々高まっていました。だから再開発の話は、みんな好意的に受け止めていました」(田中さん)
さらに田中さんは、「壁だけ張り替える」といった部分改装ではなく、コンテナ型の新しい商業施設になるとは「夢にも思わなかった」といい、「通りがさらに明るくなる未来が見えて嬉しかった」と顔をほころばせた。かつては出店を反対された土地だったが、今では「ここに店を出したなんて先見の明があるね」などと言われるまでになったそうだ。
「ただ、再開発となれば工事の騒音などがつきものです。近隣から不満の声があがったときには、できる限り自分がフォローしようと気を引き締めていました」(田中さん)
こうして地元の大きな後押しも受けながら、再開発は本格化していった。
―続く後編では、開業に向けた具体的な取り組みや、開業後に見え始めた変化、今後の展望をひもといていきます。
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