IOWN APNで変わるオフィスのかたち
今回の実証に取り組んだ背景を教えてください。
三村:近年、企業の競争力を左右する要素として、計算能力の重要性が急速に高まっています。例えば、建設・設計分野ではBIM ※1の活用が進み、映像制作やゲーム開発ではリアルタイム処理の高度化が求められ、製造業でもAIによる解析が日常的になっています。そこで、IOWN APN※2の超低遅延・大容量という特性を活かし、GPUなどのICTリソースをデータセンター側にオフサイト化※3しながら、不動産価値や働き方そのものを進化させられないか、という仮説のもと実証に参加しました。
木村:当社は、お客様のワークプレイスを企画・構想から構築、実際の運用に至るまで一貫して手掛けていますが、オフィス内のICTリソースに関連する設備や空間に課題を感じていました。社会的にはクラウドサービスの利用が広く普及していますが、ネットワーク帯域や応答速度、セキュリティ要件などの制約から、現在もオフィス内にICT機器を設置・運用する形態が採用されるケースも多い状況です。一方で、GPUをはじめとする高度なICT機器の利用拡大に伴い、消費電力の増大や重量増加、設置スペースの確保など、オフィスに求められる設備条件は年々厳しさを増しています。
遠山:このようなGPUを必要とする高度業務が急速に増える一方で、これらをオフィス内にオンプレミス※4で抱え続けることの限界があります。それらをオフィス内に設置するとなると、単に機器を置くだけでなく、大量の電力供給、発熱対策、重量への対応、さらには設置スペースの確保といった課題が複合的に発生します。結果として、本来人が働く場所であるオフィスが、設備に制約されてしまうという本末転倒な状況が起きています。企業が求めるのは、単なる"場所"ではなく、生産性や創造性を高める環境です。ところが、設備要件に縛られることで、立地や空間設計の自由度が低下し、本来の価値を十分に発揮できないケースもありました。
- BIM(Building Information Modeling)とは、PC上に3次元の建物モデルを構築し、壁や柱などの形状情報に加え、材料・部材、コスト、性能などの属性情報を付与して一元管理するシステムです。
- IOWN® APNとは、NTTが提唱するオールフォトニクスネットワーク(APN)の一環で、従来の電気信号ではなく光信号を用いて超低遅延かつ高速な通信を実現する次世代のネットワーク技術です。「IOWN®」はNTT株式会社の商標または登録商標です。
- オフサイト化とは、通常の業務拠点とは異なる地理的に離れた場所に移すことです。
- オンプレミスとは、システムの稼働やインフラの構築に必要となるサーバーやネットワーク機器、あるいはソフトウェアなどを自社で保有し運用するシステムの利用形態です。
IOWN APNがもたらす「分離」という発想
今回の実証のポイントはどこにありますか。
峯島:今回の大きなポイントは、「オフィス内に機器を置く」という前提そのものを見直した点にあります。私たちは実証の主体者として、IOWN APNとGPU環境を組み合わせた全体設計を担い、ビル内のネットワークとIOWNの接続性や、業務アプリケーションへの影響を検証しました。IOWN APNを活用することで、高性能なICT機器をデータセンターに集約し、オフィスから遠隔で利用する構成を実現しました。
従来のネットワークでは、帯域や遅延の制約により、リアルタイム性が求められる業務では遠隔利用に限界がありました。しかしIOWN APNは、大容量・低遅延という特性を持ち、オフィスとデータセンターをほぼ一体として扱える環境を提供します。IOWN APNにより高精細映像やデータを低遅延で処理できる環境が整うことで、オフィス内のサーバー室を縮小・撤廃し、空いたスペースをワークプレイスとして再設計するという新しいオフィスのあり方が見えてきます。計算資源をデータセンターに集約することで、オフィスは純粋にワークプレイスとして最適化できるようになります。一方で、ユーザー体験は損なわない。それが今回の実証で検証したポイントでした。
具体的な実証内容について教えてください。
寺田:当社はデータセンター側の環境構築および技術検証を担当しました。本実証でのユースケース(活用シナリオ)に合わせたGPUリソースの動作環境、および動作環境の構成可視化環境の設計、構築、技術課題の洗い出しを実施しました。
本実証では、複数パターンの通信構成を用意し、100Gbps回線による非圧縮伝送、10Gbps回線による圧縮伝送、さらに従来のインターネット回線との比較を行いました。これにより、画質・応答性・操作性といった観点から実用性を評価しています。
本実証においては、不動産という空間でのサービス実装を前提とするため、実際の利用シーンに即した環境設計であることを強く意識しました。自身は不動産・建築分野の知見が十分ではない状態で参画しましたが、その分、分野の専門家であるNTTアーバンソリューションズさんやNTTファシリティーズさんとの対話を重ねることで、より現実のオフィス利用に近いユースケースに基づいた環境を構築することに努めました。
<システム構成イメージ>
鈴木:実証では、外部企業10社の協力をいただきました。ゲーム制作、映像制作、製造業、人材、建設・設計、内装、娯楽施設運営、不動産など、幅広い業種の方に直接実証システムを操作いただき、生の声を収集することに努めました。実際にシステムを使う立場の方だけでなく、オフィスを選定する立場の方、オフィスや不動産を提供する立場の方など、多様なご意見をいただくことができました。
IOWNのどの特徴が、特に価値を発揮しましたか。
三村:特に価値を発揮したのは、「超低遅延」と「専有型による安定した大容量通信」です。IOWN APNを活用することで、データセンターにあるGPUサーバーを操作しているにもかかわらず、体感的にはローカルPCとほぼ変わらない操作性を実現できました。これは、BIMやリアルタイムな3D操作、映像処理のように、わずかな遅延でも業務効率や品質に影響が出る領域で、非常に大きな意味を持ちます。
一般的なベストエフォート型のインターネット回線では、遅延や揺らぎが避けられず、業務として成立させるのは難しかったと思います。IOWN APNでは、回線を専有し、かつ遅延が非常に小さいため、GPUを使った高負荷業務を「遠隔で」「日常的に」行えることが確認できました。これは、単なるリモートアクセスではなく、業務システムの置き場所そのものを再定義できる点で、従来技術との大きな違いだと考えています。
遠隔でも違和感のない業務環境
実証の結果はいかがでしたか。
遠山:IOWN環境下でサービスを構築することは、かなり効果的であると感じました。建設分野の参加企業からは「非常に大きなデータのBIM作業での待機時間の短縮や、生産性向上も期待できる」といった意見をいただけたり 、ゲーム開発に携わる参加企業からは、「100Gbpsを活用した非圧縮映像の利用であれば、帯域や遅延を考慮してオフィス内に設置したICT機器のデータセンター内設置化も期待できる」との評価を得られたり、IOWN環境下の具体的なニーズとそれを満たした場合の働き方の変動可能性の大きさを実感できました。
また、操作性以外の観点からも、検証協力企業からはサーバー室の大幅削減で創出された空間を価値あるワークプレイスへ再設計することによるオフィス環境向上や、高度なICT環境を利用可能なオフィスによる将来的な人材獲得への寄与について、80%以上が支持する結果となりました。
さらに、オフィスでの省エネ観点では、約50㎡のサーバー室をオフィス外に集約することによって年間約50t相当*のCO2排出量の削減効果があることや、 オフィス内のサーバー室構築にかかる初期費用の削減にもつながることもわかりました。
オフィスと都市にもたらす変化
この技術により、オフィスや都市にはどのような変化が期待できますか。
寺田:本実証により、「IOWNを活用したICT環境のオフサイト化」の可能性を示すことができました。特にBIMなど、GPUを必要とする高度業務を行う企業を中心に、今後の実装検討が進んでいくと考えています。
峯島:不動産や都市は、ICTを「後付け」する対象ではなく、最初から一体となって設計される時代に入っていると考えています。IOWNを基盤として、計算資源を都市スケールで共有・最適化することで、エネルギー効率の向上や産業集積の促進にもつながります。今回の実証は、その第一歩だと位置づけています。
木村:今後は、デバイス性能に制約されない新たなワークスタイルが広がり、場所にとらわれない働き方が実現していくと考えています。さらに、リアルタイム処理や高度なデータ活用が前提となる環境は、距離を超えた共創やコラボレーション、デジタルコンテンツを活用した新たな空間体験といった価値創出にもつながります。加えて、データセンター上でデバイスリソースを一元的に制御・配分する仕組みを活用することで、BIMや都市モデル、点群データの解析など高度化するデジタルデザイン業務にも柔軟に対応可能となり、都市スケールでのデータ活用や設計の高度化を支える基盤となることが期待されます。
鈴木:オフィス立地の選択肢も広がります。これまでは設備要件により立地が制約されるケースもありましたが、そうした制約から解放されることで、都市全体のあり方にも変化が生まれる可能性があります。高度なICT環境を提供できることは、入居企業の競争力や人材採用力にも寄与し、不動産価値の向上につながると考えています。
また、今回の成果はNTTグループの持つ様々なケイパビリティを結集して組み上げられたものであり、不動産事業の目線だけでは実現できない総合的な価値をお客さまに提供できるものと考えています。今後さらにブラッシュアップを図り、NTTグループが掲げる「光の街」づくりへの実現に向けて取り組んでいきたいと考えています。