観光を地域課題解決の"基点"として捉え直す
2025年、JTB総研×US総研で共同研究する「観光まちづくり共創ラボ」がスタートしました。共創ラボを立ち上げた経緯と目的について教えていただけますか。
坂巻:近年、人口減少や人口構造の変化、地方都市の空洞化・過疎化、そして大都市・観光地で顕在化するオーバーツーリズムなど、日本各地が深刻な社会課題に直面しています。こうした課題に対して、私たちは観光を単なる集客手段ではなく、地域課題を解決するための"基点"として捉え直す必要があると考えました。
そこで、観光産業の社会トレンドや生活者行動に強みを持つJTB総研と、まちづくり分野の知見を有するUS総研が連携し、共同研究の枠組みとして本ラボを立ち上げました。地域のステークホルダーとともに未来像を描き、観光まちづくりの視点から社会課題の解決につなげていくことを目的としています。
今中:私は立教大学MBA講座の客員教授も務めています。そうした背景もあり、単なる調査・研究にとどまらず、大学や民間企業とも連携しながら、共同研究を起点に構想提案から実装までを見据えた"共創型"である点が特徴です。
岡田:私たちJTB総研もまちづくりの知見が十分とは言えません。今回ご一緒しながら、都市でも地方でも「観光」を軸にしたまちづくりとは何かを突き詰めていこうとしています。観光だけで考えると、どうしても旅行やツーリズム、プロモーションの話に寄りがちです。しかしこのスキームなら、観光マーケットを見据えつつ、建築・不動産の知見を掛け合わせて実装フェーズをしっかり支援することができる。そこが非常に魅力的です。
コロナ禍においては「観光は不要不急」と言われましたが、旅という異日常の中では新しい体験や付加価値を受け入れる自己投資の機会と考えます。だからこそ、どのように新たな価値を生み出せるかを共創ラボで模索していきます。
三輪:私は観光DXを中心に携わっています。NTTグループが保有する技術や取り組みから得るものは多いです。先日もNTTe-city Laboを見学させていただき、具体的なソリューションを拝見しました。両社の強みをどう観光まちづくりに生かせるかを、これから一緒に考えていきたいと思っています。
プレスリリースの発表後、従来のメディア・企業以外からの問い合わせが多くあったそうですね。
坂巻:はい。これまで当社のニュースリリースは建築・不動産系のメディアに取り上げられることが主でしたが、JTB総研との取り組みであることで旅行やホテルといった観光系メディアにも注目していただけました。意外だったのは、観光特化型のAIエージェントを開発したいというスタートアップからの問い合わせです。他業種からの関心も高まっており、「観光まちづくり」というテーマが幅広く認知され、共創ラボの枠組みそのものに関心を寄せていただいた点も印象的でした。
岡田:行政サイドからも実際にヒアリングの要請や先進事例としての関心をいただきました。特に嬉しかったのは、JTBグループ内企業からの問い合わせが多かったことです。中には自治体とのチャネルを活かして一緒に取り組めないかとの声もありました。まだ具体化はしていませんが、グループ内で連鎖的に広がっていくことを期待しています。
4つのテーマでソフト・ハード両面から研究を掘り下げる
研究テーマはどのようなものでしょうか。
岡田:私たちが強く課題意識を持っている「持続可能な観光経済圏の確立」「地域資源の価値転換による地域のリブランディング」「アセットの活用による地域活性化」「宿泊施設を核にした観光まちづくり」という4つのテーマを打ち出しました。その後にシナリオプランニングによる2040年の未来洞察を通じて議論を重ね、重要なキーワードを10項目にまとめました。
坂巻:課題を抱える都市を前提に、観光というソフト領域と、都市・建築というハード領域の両面からキーワードを整理しています。
観光の視点では観光都市としてのマネジメントの高度化が不可欠です。KPIや資金の設計を整えつつ、体験価値をどう高めるか、多様性にどう対応するか、さらに移動性やアクセシビリティをどう確保するか。オーバーツーリズムも含め、来街者を最適化することが狙いです。
一方、都市・建築の視点で重要なのは都市空間の最適化です。建築アセットの再編やデータ活用、そしてレジリエンスやフェーズフリーの視点を取り入れる。ソフトとハードをリンクさせることで持続可能な観光都市が成立するのではないかと仮説を立てました。
データ活用の高度化は、やりがいもある一方で大変な部分も多いのでは?
三輪:そうですね。実際にエリア全体で進めようとすると難しさを感じます。実証には地域のさまざまなデータが必要になりますが、効果が見えにくい段階でデータをご依頼しても、なかなか協力は得られません。ですからまずは、「この地域をどういう姿にしていきたいのか」というビジョンに賛同していただくことが大前提だと思っています。そのうえで「データを活用すればこういう評価ができる、こういう施策につながる」と説明できる形にし、共通の目標に向かって一緒に活用することが大切です。
岡田:まちの規模によってもデータ活用のあり方は変わります。広域連携のように大きなエリアではビッグデータが有効ですが、範囲の限られた観光地では量よりも質を重視する「Thick Data」が重要になります。特に生活と観光が密接している地域、例えば鎌倉のような場所では定住人口とのバランスも考えなければなりません。ターゲットも異なる中で、データを横断的に活用する体制が求められています。
デザインノートや未来のシナリオプランニングなど、観光まちづくりのヒントが続々誕生
共同研究の具体的活動内容について教えてください。
今中:今、私は立教大学のビジネスデザイン研究所と共同で「観光まちづくりデザインノート」を制作しています。JTB総研にもアドバイスをいただきながら、自治体などに気づきを与えるツールにしました。ポケットに入れて持ち歩けるA6判にし、文字中心ではなくパラパラとめくって「面白そうだ」と思ってもらえる読み物を意識しています。
ワークブック的な要素を持たせつつ、物事をどういう観点で考えるかを示しました。活用できるデータやオープンデータの紹介、発信の方法、フレームワークを使った整理の方法なども盛り込んでいます。例えば長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)町でまちづくりに取り組む方にインタビューした事例も紹介し、現場から見えてきた視点を共有。2026年度はデザインノートをさまざまな場で配布し、対話を生むきっかけとして利用する予定です。
「観光まちづくりデザインノート」
坂巻:マーケティングの分野でソーシャルメディアやブログ、掲示板、レビューサイトなどのユーザーの発信を収集・分析するソーシャルリスニングという手法があります。この手法をもとに分析した結果を、日本都市計画学会において「テキストマイニングによる『みなとオアシス』の誘客分析」とのテーマで発表しました。 ※発表した共同研究はこちらで公開されています。日本都市計画学会 都市計画報告集サイト
みなとオアシスは港湾・海岸エリアの観光・交流施設などで構成する港を核としたまちづくりの取り組みです。分析を行ってみると、トイレの清潔さ、Wi-Fi環境や交通手段の使いやすさ、眺望や夜景の素晴らしさなど、具体的な魅力と課題が浮かび上がりました。こうした声は観光施設計画やまちづくりの手がかりになるはずです。
属性までは特定できませんが、使われている言葉から、地域住民の意見なのか観光客のクチコミなのかといった違いが、一定の傾向として見えてきました。その点も考慮し、ソーシャルリスニングを観光まちづくりにうまく応用できる形へ発展させていきたいと考えています。この試みからは数値だけでは捉えられない文脈や感情を含む定性データの重要性を改めて実感しました。
岡田:私はシナリオプランニングを担当しています。今回の趣旨は「2040年の観光まちづくりをどうするか」です。まずは横軸に「都市部集中」と「地方分散」、縦軸に「テクノロジーの全面的普及」と「選択的・限定的な普及」を置き、この2軸を組み合わせて4つの近未来の世界観を描く構成にしました。
ただし観光都市といっても属性はさまざまです。そこで、1.特化型観光都市、2.生活混在型でうまくいっている都市、3.過去は良かった縮退型都市、4.これから観光地化をめざす新興型都市の4類型に分けました。来訪者数と産業構成に占める観光産業の比率で整理すると、意外ときれいに分類できたからです。
例えば「都市部集中×テクノロジー全面普及」の世界になったとき、箱根はどうなっているのか、あるいはその逆のシナリオではどうか。具体的には、シナリオごとに戦略オプションを設定し、それを実装するためのモジュール、効果を測るためのKPIなど"未来に備えて今から準備すべきこと"を提示しました。これを4つの都市タイプ×4つの未来シナリオで掛け合わせ、合計16パターンの世界を描き分けています。
この16パターンを用いれば、自分たちの都市はどの位置にあるのか、これからどんな時代の流れが来るのかを読み解くことが可能になります。この内容は出版物としてまとめ、共創ラボのアーカイブにする予定です。さらに今年から来年にかけて、シンポジウムも開催したいと構想しています。
三輪:私は岡田とともにシナリオプランニングにも関わっていますが、2040年の未来像を描く中では、テクノロジーの進化が観光をどう変えるのかという視点も重要です。例えばAIの高度化やAIエージェントの普及によって、旅行の計画や予約、現地での体験はどう変わるのか。そうした技術が観光の現場でどのように活用されていくのかを研究し、具体的な活用のあり方を探る活動も行っています。
NTTグループとも連携をしたそうですが、そちらはどのような活動ですか?
坂巻:NTT東日本 防災研究所と連携し、北関東エリアで"防災×観光によるフェーズフリーなまちづくり"の検討に取り組んでいます。この取り組みでは、平時は観光拠点として人の流れや経済振興を生み出し、非常時には避難・情報発信・支援拠点として機能するなど、観光施設や地域資源を防災インフラとしても活用することを検討しています。観光を"日常と非日常をつなぐ存在"として捉え直し、非常時にも地域に役立つ仕組みへと展開させる点が特徴です。
持続可能な社会づくりに貢献する"知と実践のハブ"をめざす
研究で得た成果や知見は今後どのように生かしていくことができると考えますか。
今中:フェーズフリーについては、一般社団法人フェーズフリー協会の佐藤唯行代表理事とも意見交換を行い、防災と日常価値を両立させるまちづくりのあり方について知見を深めているところです。例えば北海道小清水町では積極的にフェーズフリーを実践しています。実際現地に足を運び、庁舎内に併設されている「ワタシノ」という施設では、平時にフィットネスジムやランドリーとして日常的に親しんでもらいながら、避難時にはヨガマットを布団にしたり、ランドリーで洗濯したりする仕組みを整え、町民の方々に普段から来てもらうことを実行しています。まさにフェーズフリーの具体的な好事例だと思います。
岡田:JTBグループでは小清水町においてフェーズフリー・ツアーの取り組みも行っていて、観光の現場でその考え方を具現化する試みが進んでいます。フェーズフリーはオーバーツーリズム対策にも有効です。遊休不動産をあえて更地にし、まちの中に広場のようなコモンスペースを設けることで人の滞留を分散させ、混雑を緩和できますから。そうした空間は非常時には避難場所としても機能します。
坂巻:こうした知見や実践を踏まえ、観光まちづくり共創ラボとしても、フェーズフリーをまちづくりにどう組み込み、地域のレジリエンス向上と魅力の創出を両立させていくかをさらに検討していきたいと考えています。
最後にJTB総研、US総研が共創することで生まれる"価値"や"相乗効果"、今後の展望についてお話しください。
今中:私たちは多分野の専門家が集まる組織です。まちづくりは複雑ですので、特定分野に閉じず、さまざまな情報を集め、そのまちのテーマをわかりやすく紐解けるのが強みです。そのために、全国で挑戦している人を訪ね、話を聞きにも行き、つなぎ、発信をしています。必要なとき、コトに必要な人を結びつける。これからも観光も一つの起点に、文化、防災、環境、暮らしを統合した持続可能な社会づくりに貢献する"知と実践のハブ"として進化していきます。
岡田:今中さんの話にも通じますが、単独で何か新しい価値を生み出すというより、先の読めない時代に悩むプレイヤーと向き合うことが私たちの役割です。どこをめざし、何をすべきか迷っている方々の課題を一緒に受け止める――それこそが共創の核心です。
地方には地元の人たちが見落としがちな「訪れる目的」がいくらでも存在します。よく言われるように"よそ者・若者・馬鹿者"の視点で地域資源を掘り起こし、ナラティブを編み出して広げていく。建築・不動産の知見、そして観光マーケットの知見をベースに、課題を持つ方々とともに最適解を探る。その伴走こそが、私たちに課されたこれからのミッションです。
三輪:これまでは「2040年の姿」と言っても人によってイメージがばらばらでしたが、シナリオプランニングによって共通言語で議論できる土台ができました。自治体や地域のステークホルダーと対話する際も、今後はこの土台をもとにめざす姿を描き、計画に落とし込んでいけると思います。
坂巻:両者の知見を持ち寄ってテーマを設定し、さまざまな手法を用いて研究にアプローチする一方で、立教大学と観光まちづくりデザインノートを制作していることにも大きな意味があります。現場で培われた「産の思考」と理論的に捉える「学の思考」、そのバランスを取りながら進めることが重要だと日々感じています。今後はさらに仲間が増えるかもしれません。多様な視点を掛け合わせながら、より良い未来像を描ける共創ラボに育てていきたいですね。
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