これからの都市を考えるうえで、
自然環境を無視することはできません。
単に環境負荷を減らしたり資源を保護するだけではなく、
都市の発展と環境の持続性を両立するためには
何が必要となるのでしょうか。
32歳 長谷川沙織の場合
資源循環が
街に"潤沢"をもたらす
32歳の長谷川沙織は、東京に本社を構える素材メーカーに勤務している。彼女はつい最近、とある県のA市にある新素材開発拠点に転勤することになった。県庁所在地から電車で2駅。A市にたどり着くと、沙織はMaaSアプリで新しい職場までの道順を検索する。すると、ちょうど駅前ロータリーから乗合タクシーが出発するところだった。
電気ワゴン車は6人ほどを乗せて定刻通りに出発した。自動運転車なので運転席はなく、フロントガラスの手前にはスクリーンがついている。そこには昼のニュースが流れていて、車がいま市内のどこを走っているのかを示す地図も表示されていた。
しばらく走ると、ワゴン車は路肩に静かに停車した。しかし誰も乗り降りする気配はない。不思議に思って窓の外を見ると、路肩で小ぶりなロボットが動き、ワゴン車の後部にプラスチック製の箱のようなものを取り付けていた。あれはなんだろう、沙織が訝しんでいると、タクシーの乗客の一人に声をかけられた。買い物帰りらしい様子の年配の女性だった。
「あなた、観光で来たの?」
「いえ、転勤です。これから職場と寮に挨拶に行くんですが......あれはなんですか?」
沙織はワゴン車の後部を指差した。
「あら、珍しい? 市内を回るついでに、リユース容器を回収してるだけよ。ほら、こういうやつ」
女性は自分の買い物袋からボトルを取り出してみせた。彼女によれば、この街では飲料や食品のかなりの割合が、洗浄して繰り返し使えるリユース容器に入って売られている。街全体では毎日膨大な量のボトルやトレイが回収ボックスに入れられるため、専用の収集車を補うかたちでバスやタクシーも使われているとのことだった。これが、噂に聞くA市の資源循環の取り組みか――と沙織は思った。自分がその中枢に向かっているとは知らずに。
沙織は約束の時間通りに職場に到着した。しかし、自分が間違った場所に来てしまったのではないかと、しばらく疑ってしまった。通用門からはゴミ収集車が出入りし、バスやタクシーも次々と停車してはリユース容器のボックスを路肩に置いていく。ロボットがそれを受け取って、敷地内に運んでいく。そこはどう見ても、街外れのゴミ処理施設だった。
「長谷川さん、こっちこっち」
呼ばれた方を振り向くと、何度かリモートで面談をした上司の天野光晴が手を降っていた。つまり、ここは確かに自分の新しい職場なのだ。
「いつも驚かれるんだよねえ」と天野は言った。「でも新素材開発拠点を置くには一番合理的な場所なんだ。何しろ、ここにはA市中から資源が集まってくるからね」
高品質の再生プラスチック。生ゴミや植物性原料でできた有機素材。この拠点で研究開発している技術の多くは、たしかにゴミを資源に変えるものだ。
天野に導かれて、沙織はゴミ処理施設の建物に入った。そこは外側の印象とは全く異なり、紛うことなき先端オフィスだった。会議室では年齢も服装も様々の男女がテーブルやホワイトボードを囲み、ラボには試作品や3Dプリンタが並んでいる。あちこちに、絵画や彫刻を始めとした芸術作品も飾られている。事務机とリモート会議用スペースが並ぶ本社とは異なり、スタートアップのオフィスに来たような雰囲気だった。
「まるでアートギャラリーですね。社外の方がよくいらっしゃるからですか?」
「あれ、本社で聞いてない? これは君の同僚たちの作品だよ」
果たして天野の言う通りだった。その日のうちに挨拶した同僚の大半は、本社ではなかなか見かけない種類の人々だった。彼らは週4日は会社で働き、残り3日は自分の制作活動に当てる。アーティストやデザイナーもいれば、伝統工芸の職人もいる。ただし普通と異なるのは、この拠点で研究中の新素材を制作に使う点だ。彼らはここで新素材開発に携わると同時に、それをいち早く活用する創造的な消費者でもある、というわけだ。
「自分の作品がCO2を排出したり自然を汚したりするのが、我慢できなかったんだ」
なぜこの拠点に集まったのかを尋ねると、同僚の一人はそう打ち明けた。
天野は最後に、沙織が暮らす社員寮も案内してくれた。教えてもらうまでもなく、沙織は察した。この建物もまた、ゴミ処理施設で生まれた再生素材で作られているのだ。
一週間後、沙織の歓迎会が開かれた。ほかの拠点と合同での会なので、場所はA市内ではなく県庁所在地の駅前ビルだ。「グリーンビル」の名で親しまれるその建物は、名前の通り微細藻類を詰め込んだ光合成パネルに覆われていた。
乾杯の後、サラダが運ばれてくると、沙織はその新鮮さに驚いた。それはまさにこのビルの中で、再生可能エネルギーを使って育てられた野菜だ。そのエネルギー源には、A市のゴミ処理施設でのバイオマス発電も含まれていた。
リモート勤務ではなく、実際にここに移住してよかった――と沙織は思った。この街では、物質循環が芸術や食といった潤沢な文化を生み出している。
「仕事は楽しい?」
同僚の質問に、彼女は心からうん、と答えた。
気候変動をはじめとする環境問題が深刻化するなかで、環境やエネルギーと関わるこの領域は無視できないでしょう。都市と自然との関わりやエネルギー活用、資源の再利用など環境を巡る変化は、持続可能な都市を実現するだけでなく、都市の風景を大きく変えていくはずです。