人にとって、テクノロジーはもっと
ナチュラルなものになっていくでしょう。
それは意識せずともテクノロジーの恩恵を受けられることでもあり、
どんな環境でも等しくサービスを享受できる
環境を生み出すことでもあります。
22歳 鷺沼リョウの場合
跡を濁さず次世代へ
"生"をつなぐこと
鷺沼リョウは、地方の漁村を拠点とするIT企業に勤めている。リョウは都市部から地方へ出てきたIターン者のエンジニアだ。水産養殖のDX推進に励む23歳、入社1年目のフレッシュマンは、ちょっとしたミスで先輩から怒られながら仕事を学ぶ。
「また餌やりルーティンに誤差出てる!」
「あ、すみませ......ごほっ」。喘息の小発作。吸入器を手に取る。
眼を休めてディスプレイから視線を移すと、晴天の海辺が目の前に開ける。養殖場だが、ブイの類いは見られない。マイクロプラスチックの流出を抑えたり、海鳥が海洋ゴミを誤飲するのを避ける取り組みの一環だ。プラスチックを飲み込んだ経験はリョウにないが、呼吸器の異物感は子供の頃から馴染みがあるので、誤飲するクロサギに同情してしまう。リョウの会社は、生物他種に配慮しながら海洋事業を行っている点で街から評価・認証を受けている。
「あんたまた怒られてたねえ」。休憩室でコーヒーを手渡される。現場担当の年長社員で、筋組織をアシストする外骨格が目立つ。おばあちゃん子だったリョウは、年配の女性と馬が合う。「田舎に移住して、新しい職場で、たいへんねえ」
「医師だった祖母の薦めもあったんです」
水や空気のきれいな農村へ就職してはどうかと"主治医として"意見したのは、亡き祖母だった。リョウは、彼女の最期を思い出していた──
ご冥福をお祈りします、と人工音声は言った。いわく、祖母が亡くなった。
ウェルダイイング・プランナー。そう自己紹介したAIアシスタントから、リョウは両親とともに説明を受けていた。ウェルダイイングというのは、ウェルビーイングの延長上で「良い逝き方」を求める考え方であり、その手助けをするのがプランナーだという。
年間150万人超が死亡する2040年の日本では、葬儀・葬祭や死後の事務処理は高度に進化していた。プランナーの指示のもと、死亡届や銀行口座の凍結と解除、不動産の名義変更など、さまざまな手続きがオンラインで処理できた。デジタル行政府が各所と連携しているのだ。
「リョウくんもおばあちゃんにはよく診てもらったねえ」。病気がちだったリョウは、つねに祖母の心配のタネだった。成人式の晴れ舞台を見て、よくぞここまで成長してくれたと涙した祖母の泣き笑いを憶えている。
遺品整理のため実家の鷺沼家で顔を合わせた母は、息子とともに故人を偲んでいた。使い込まれたVR器具を二人は見つめた。祖母はリモート・ワールドに診療所を設ける開業医だった。小児科を専門とし、20-30代の若い親世代を中心に予約が絶えなかった。
「オンライン診療のいいところは」と、医師モードの祖母は、かつて得意げに主張した。「身体がしんどい患者さんらのエネルギーも、移動の炭素排出もなくせるところね。つまるところ、無駄がない」
「米寿まで頑張るつもりだ、ともおっしゃっていましたね」。看護師は親しみを込めてあだ名で呼ぶ。「"シラサギ先生"の口癖でした」
実際は御年80で没したものの、死の前日まで診察をしていた。それほど続けられたのは、リモート・ワールドならではだろう。それは、老若男女に最先端のリモート・ワールドを行き渡らせた街づくりの成果でもある。
「ご遺書によりますと」。プランナーは言った。「鷺沼さまは、自身のご遺体に関してエコ葬を希望し、ご葬儀も不要とのことです」
事実、立つ鳥跡を濁さず"が座右の銘だった。あくまで無駄を嫌う人だった。たしかに、葬儀の類いは、祖母にとっては無駄と映るかもしれない。けれども、祖母に別れを言いたい人は多いはず。リョウはそう考えた。
「考えがあるんです。ひとつ提案をしてもいいですか」
医療器具が並ぶリモート・ワールドのなかに、色とりどりの花々が献じられている。リョウは知った──三次元画像のボクセル製であっても、花は美しさを損ねない。空間を満たす音響は、水鳥の鳴き声のフィールド・レコーディング。また、それをサンプリングした楽曲が晴れやかに響く一幕もあった。池と同化した診察台から飛び立つ白鷺は白衣を纏い、長い首もとに聴診器が見える。ボクセル・スケッチブックには、「シラサギ先生ありがとう」と覚えたての書き文字が綴る。
リョウの提案。それは、祖母と関わりのあった人々とヴァーチャル上で行う別れの会だった。会場はもちろん、鷺沼診療所。世話になったという患者や子どもたち、看護師や同業者など多数が訪れた。
若い世代による弔意の表明は活気に溢れ、職場では若者扱いされるリョウすら驚いた。幼少期からリモート・ワールドとボクセル造形に親しんだ子らは、故人との思い出を創意豊かに表現した。作品たちは遺族へNFTとして提供されたが、リョウはこの日の空間をそっくり保存しておくことにした。
最後の仕上げとばかりに遺体のエコ葬に立ち会ったリョウは、祖母の遺志の徹底ぶりに感心した。土葬に伴う化学物質が土中の虫や微生物に負担をかけることも、火葬で大気を汚すことも避けた結果、エコ葬が選ばれたということだった。エコ葬にあって、遺体は嫌気性の微生物によって分解され、有機資源へ変わる。
──リョウは職場の海辺で鷺を見つけるたび、白衣の白鷺が重なって見える。次世代にも生物他種にも"跡を濁す"ことなく逝った祖母の死生観は、自分のなかにも息づいている。
AIや5Gなど新たな技術が次々と登場するなかで、多様な人が技術とナチュラルに混じり合う環境をつくっていくことは、都市に大きな影響を与えるはずです。誰もが疎外されることなくテクノロジーを活用できる都市は、一人ひとりのウェルビーイングの実現にもつながっていくのかもしれません。